小泉孝太郎の本名はそのまま!父のアドバイスで政治家の道を断念
小泉孝太郎さんは、芸名を使わず、本名でそのまま活動しています。父親である小泉純一郎元首相に憧れて政治家を目指していた時期もありましたが、父から「政治家はつらいぞ。ほかに夢中になれることを探せ」とのアドバイスを受け、別の道を模索するようになります。この出来事が彼の人生の方向を大きく変えるきっかけとなりました。
「21世紀の石原裕次郎を捜せ」オーディションへの挑戦と挫折
政治家の道を諦めた後、小泉さんは芸能界に興味を持ち、2000年に開催された「21世紀の石原裕次郎を捜せ」オーディションに応募しました。しかし、身長が180cmに満たなかったため、二次審査で惜しくも落選してしまいます。この経験は彼にとって大きな挫折でありながらも、次のステップへと繋がる重要な一歩でした。
X JAPANのhideに影響を受け、hide MUSEUMでのアルバイト時代
小泉さんはその後、同郷の神奈川県横須賀市出身であるX JAPANのhideの影響を受け、彼の功績を称える「hide MUSEUM」でアルバイトを始めます。そこで訪れたYOSHIKIに出会い、「彼、芸能界に入れた方がいいよ」と推薦されました。オーディションに落ち続け、俳優になることを諦めかけていた時に、この一言が彼の背中を押し、芸能界入りを決意する大きな転機となりました。
父の首相就任とともに始まる芸能界への道
翌2001年、父・小泉純一郎さんが首相に就任すると、孝太郎さんには複数の芸能事務所から声がかかり、芸能界入りが決定しました。同じ事務所の先輩であるいかりや長介さんに師事し、着実に演技力を磨いていきます。デビュー当初からCM出演依頼が15社にも上り、一躍注目の存在となりました。
俳優としてのデビュー作『初体験』とその後の活躍
2002年、小泉孝太郎さんはテレビドラマ『初体験』で俳優としてデビューし、その後もさまざまなドラマや映画で活躍を続けています。父の影響も受けつつ、自身の道を切り開き、確固たる演技力で多くのファンを魅了してきました。俳優としての今後の展望も期待されており、ますます目が離せません!
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